気象学を勉強中の私が日本科学未来館に行ったら、教科書の中の「地球」が動き出した

学

こんにちは!Tomです。

先日、家族でお台場にある日本科学未来館へ行ってきました。

今回は時間の都合もあり、すべての展示をじっくり見るのは難しいので、「気になったものを見て、無理そうなら次へ」というスタイルで回りました。長めの映像展示などは思い切ってスキップです。

そんな今回の未来館、いつもと少し違った楽しみ方ができました。

というのも、私は今、気象学を勉強しています。

飽和水蒸気圧、断熱変化、大気の安定度、凝結、潜熱……。

勉強しているときは、どうしても数式や用語を理解することに必死で、「教科書の中の知識」になりがちです。

ところが未来館を歩いていると、

「これ、勉強したやつだ」

「ここにつながるのか」

という瞬間が何度もありました。

教科書の中で止まっていた知識が、地球の上で実際に動き始めたような感覚です。

今回は普通の「日本科学未来館に行ってきました」という施設紹介ではなく、気象学を勉強している私の目に、未来館がどう見えたのかを中心に書いてみたいと思います。


「世界は波でできている」

最初に印象に残ったのが、3階にあった「世界は波でできている」という展示です。

一枚の画像を2次元フーリエ変換によって、さまざまな「波」の組み合わせとして表現していました。

普段、私たちは写真を見れば、

「人がいる」

「建物がある」

「風景が写っている」

と、そこにある「形」を認識します。

ところが数学的には、その画像をゆっくり変化する波や細かく変化する波などに分解することができ、それらを再び組み合わせれば元の画像を再構成できる。

普段見ている「形」が、まったく違う姿に変換されるのが面白い。

同じ世界でも、どう捉え、どう表現するかによって見え方は変わる。

これは気象学を勉強していても感じます。

以前なら「今日の空は晴れている」「風が強い」くらいにしか見ていなかった大気も、勉強を始めると、気圧、温度、密度、水蒸気、風といったさまざまな要素が、時間と空間の中で変化し続けている世界に見えてきます。

未来館に入って早々、そんな「世界の見方」について考えさせられました。


「1.5℃」って、そんなに大きいのだろうか

5階で訪れたのが「プラネタリー・クライシス」。

地球温暖化や気候変動、生態系、CO2など、現在の地球で起きている変化を扱った展示です。

そこで改めて目にしたのが、

「1.5℃」

という数字でした。

普段の天気なら、「昨日より1.5℃高い」なんて珍しくありません。

それだけを見ると、1.5℃という数字はそれほど大きく感じない。

では、なぜ地球全体の平均気温が1.5℃上昇することが大きな問題になるのでしょうか。

展示では、「10年に一度の高温」「10年に一度の大雨」「10年に一度の干ばつ」などが、温暖化によってどう変化するのかが紹介されていました。

ここで改めて気づいたのが、

気候変動は、単に「平均気温が少し高くなる」という話ではない

ということです。

平均的な状態が変われば、極端な現象が起きる確率も変わる。

これまで「10年に一度」だった現象が、同じ頻度のままとは限らない。

「平均値が変わる」という一見地味な変化が、分布の端にある極端現象では大きな違いとして現れる。

ニュースで何度も耳にしていた「1.5℃」が、少し違った数字に見えてきました。


「飽和水蒸気圧」が、急に現実の話になった

特に面白かったのが、大雨について考えたときです。

ここで最近勉強している飽和水蒸気圧が頭に浮かびました。

気温が高くなるほど飽和水蒸気圧は大きくなり、空気はより多くの水蒸気を含み得るようになります。

そして、湿った空気が上昇する。

周囲の気圧が低くなる。

空気が膨張して、温度が下がる。

やがて飽和し、さらに冷却されれば水蒸気が凝結して雲粒が形成されていく。

教科書では、

上昇 → 膨張 → 冷却 → 飽和 → 凝結

と勉強します。

もちろん「気温が上がれば必ず大雨になる」という単純な話ではありません。

実際の雨には、大気の安定度、上昇流、水蒸気の流入、前線、低気圧、台風など、さまざまな条件が関係します。

それでも、温暖化によって大気中の水蒸気量が変わり得ることが、大雨を考える上で重要な要素の一つになる。

教科書で飽和水蒸気圧を勉強していたときは、正直なところ「試験に出るから理解しなければ」という感覚もありました。

ところが展示を見ながら、

「ああ、これは地球で実際に起きている話なんだ」

と急に実感が湧いてきました。

数式や用語として覚えていた知識が、現実の天気や気候につながった瞬間でした。


ボールを追いかけたら、水循環が見えた

今回、特に好きだった展示があります。

海、空、森、街などが作られた大きな模型の上を、たくさんのボールがゴロゴロと転がっていく展示です。

最初は単純に、

「なんだこれ、面白い」

と思ってボールを目で追っていました。

海から空へ。

空から森へ。

森や川を通り、また海へ。

見ているうちに気づきます。

これは地球の水循環だ。

教科書なら、

海 → 蒸発 → 大気 → 凝結 → 雲 → 降水 → 森・土壌・河川 → 海

と一枚の図で説明されるところです。

それが巨大な立体模型になり、目の前でボールがグルグルと動いている。

水循環という言葉自体は以前から知っていました。

でも、気象学を勉強してからこの模型を見ると、ボールと一緒にもう一つのものが動いているように感じます。

エネルギーです。


水が巡るということは、エネルギーが巡るということ

海面から水が蒸発するとき、水は周囲からエネルギーを受け取ります。

その水蒸気は、エネルギーを潜熱という形で運んでいく。

そして上空で水蒸気が凝結すると、潜熱が大気へ放出されます。

つまり、

海で受け取ったエネルギーを、水蒸気が大気へ運んでいる。

このエネルギーは、積乱雲や台風の発達を考える上でも重要です。

「潜熱」。

文字だけを見ると、いかにも試験問題に出てきそうな用語です。

でも実際には、地球規模でエネルギーを移動させる仕組みの一部だった。

目の前の模型では、ただボールが海から空へ移動している。

でも、そのボールを水分子だと思って眺めると、そこには水だけではなくエネルギーまで運ばれている。

これは今回、気象学の勉強と未来館の展示が最もきれいにつながった瞬間でした。


水だけではない。CO2も資源も巡っている

ボールが巡る展示は、水だけではありませんでした。

CO2が大気、森林、海などを巡る炭素循環。

さらに人間社会に目を向けると、

資源 → 工場 → 製品 → 街 → 回収 → 資源化 → 再び製品へ

という循環もあります。

「循環するものづくり」という展示では、「畑で育つプラスチック」や「木から始まる新しい工業」といったテーマが紹介されていました。

プラスチックは必ず石油から作らなければならないわけではない。

植物由来の原料を利用する研究も行われています。

そして、特に印象に残ったのが、

「都市に眠る鉱石」

という言葉でした。

スマートフォン、家電、自動車、建物。

私たちの街には、すでに大量の金属資源が存在しています。

だったら、地下から新しい資源を掘り続けるだけではなく、都市そのものを鉱山として考えることもできる。

自然界では水が巡り、炭素が巡る。

では、人間のものづくりも循環させられないだろうか。

先ほどまで見ていた地球の循環と、人間社会の循環が重なって見えてくる展示でした。


台風を予測できれば、人の命は守れるのか

続いて訪れたのが「あなたの命を守る庭」。

地震、噴火、大雨といった自然現象だけでなく、感染症や原子力発電所の事故など、さまざまなハザードを扱った展示です。

ここにも巨大な模型がありました。

山、海、街、工場、船。

その間を、またボールがゴロゴロと転がっていきます。

印象的だったのは、ハザードを「台風」「地震」といった一つの出来事だけで捉えていないことです。

例えば、大きな台風がやってくる。

港が止まる。

船が止まる。

部品が届かなくなる。

工場が止まる。

そして、その影響が離れた地域にも広がっていく。

人、モノ、情報が世界中でつながっている現代では、ハザードの影響もまた、ネットワークを伝わっていく。

さらに展示には、「命を守るための5つのステップ」が示されていました。

  1. 危険の種に気づく
  2. 正体を見つけ止める
  3. 災害に備える
  4. 被害を抑える
  5. 経験を生かす

これを見ていて、ふと疑問が浮かびました。

天気を正確に予報できれば、それだけで人の命は守れるのだろうか。

もちろん、いつ、どこで、どの程度の雨が降るのかを予測することは重要です。

でも、それだけでは十分ではありません。

「この雨なら、この地域では河川氾濫の危険性が高まる」

「この場所では土砂災害に注意しなければならない」

「このタイミングで避難した方がいい」

自然現象についての情報を、人間の意思決定につながる情報へ変換する必要がある。

気象学の先には、防災という社会との接点がある。

天気を理解することと、人の命を守ることの間には、もう一つ大切なステップがあることを考えさせられました。


ロケットを見ても「圧力・温度・膨張」が気になる

地球の話をしていたと思ったら、今度は巨大なロケットエンジンが現れます。

H-IIAロケットの第一段メインエンジン「LE-7A」。

実物を見ると、とにかく大きい。

液体水素ターボポンプをはじめ、複雑な配管や部品がびっしりと詰まっています。

一方で、H-IIAやH-IIB全体の模式図を眺めてみると、

「意外とシンプルなんだな」

とも感じました。

燃料と酸化剤があり、エンジンがあり、その上に人工衛星が載っている。

大まかな原理は比較的シンプルなのに、それを実際に実現するための工学はとてつもなく複雑。

このギャップが面白い。

そして気象学を勉強しているせいなのか、ロケットを見ていても「圧力」「温度」「膨張」という言葉が気になってしまいます。

ロケットエンジンでは、高温・高圧のガスをノズルで膨張・加速させ、推進力を得ます。

一方、大気でも空気塊が上昇して周囲の気圧が下がれば、膨張して温度が低下する断熱変化を考えます。

もちろん、ロケットエンジンと大気中の空気塊を同じものとして扱うことはできません。

それでも、どちらも根底にあるのは圧力、温度、膨張、エネルギーという物理法則です。

気象学を勉強すると、空だけではなく、ロケットを見る目まで少し変わる。

これはちょっと意外な発見でした。


最後に向かった宇宙展示。入口にいたのは宮沢賢治だった

最後に訪れたのが「未読の宇宙」。

ここがまた、とてもよかった。

宇宙展示というと、ビッグバンや銀河、ブラックホールなどから始まるイメージがあります。

ところが入口にあったのは、宮沢賢治の『春と修羅』。

その「序」に出てくる、

「わたくしという現象」

という言葉でした。

これにはかなりワクワクしました。

宇宙とは何かを説明する前に、

「そもそも、この宇宙を見ている『私』とは何なのか?」

と問いかけてくる。

科学館の宇宙展示なのに、入口が文学。

しかも100年以上前の宮沢賢治。

ここから宇宙展示が始まるというのが、なんともロマンがあります。


宇宙を見る。聞く。捕まえる。そして作る。

中へ進むと、人間がどうやって宇宙を観測しているのかを体験できる展示が続きます。

電磁波を使って、宇宙を見る。

重力波を検出して、宇宙を聞く。

ほとんどの物質を通り抜けてしまうニュートリノを、巨大な検出器で捕まえる。

そして加速器で粒子を衝突させ、宇宙誕生直後に近い高エネルギー状態を作る。

この並びがとても面白い。

私たちが肉眼で見られるものは、世界のほんの一部です。

そこで人間は、電波望遠鏡や重力波検出器、ニュートリノ検出器、加速器といった装置を作ってきました。

考えてみると科学とは、人間の感覚を拡張して、今まで見えなかった世界を見えるようにする営みなのかもしれません。

見えないなら、別の波長で見る。

聞こえないなら、検出したものを音に変えてみる。

ほとんど捕まらないなら、とてつもなく巨大な装置を作る。

宇宙の始まりを直接訪れることができないなら、似た状態を自分たちで作ってみる。

そこまでして「世界はどうなっているのか」を知ろうとする。

人間って、なかなか面白い存在です。


気象学は「地球を見るためのレンズ」だった

今回の未来館では、

量子コンピュータ。

ロケット。

気候変動。

水循環。

資源循環。

ハザード。

そして宇宙。

かなりバラバラな分野を見て回りました。

でも、帰る頃には不思議と一つにつながっていました。

そのつながりを作ってくれたものの一つが、今勉強している気象学だったと思います。

以前の私なら、水循環の巨大模型を見ても、

「ボールがグルグル回っていて面白い」

で終わっていたかもしれません。

でも今は、そのボールを見ながら、

蒸発。

断熱膨張。

冷却。

飽和。

凝結。

潜熱。

という言葉が頭に浮かびます。

ロケットを見れば、圧力と膨張が気になる。

気候変動を見れば、飽和水蒸気圧を思い出す。

台風を見れば、自然現象そのものだけではなく、その先にある防災まで考える。

そこで今回、一番感じたことがあります。

知識が増えるというのは、覚えている言葉が増えることではなく、同じ景色から見えるものが増えることなのかもしれない。

そして最後に出会った、宮沢賢治の「わたくしという現象」。

水が巡る。

炭素が巡る。

エネルギーが移動する。

大気と海が影響し合う。

森林と大気もつながっている。

そして、その中で私たち人間も暮らしている。

地球上のものは、それぞれが完全に独立して存在しているのではなく、互いに影響しながら変化し続けています。

私は気象学を勉強し始める前、「天気を予報するための学問」というイメージを強く持っていました。

でも、どうやらそれだけではなさそうです。

大気を知ろうとすると、水を知らなければならない。

海を知らなければならない。

太陽から入ってくるエネルギーを知らなければならない。

地表や森林との関係も考えなければならない。

そして、その変化が人間社会にどんな影響を与えるのかまでつながっていく。

気象学は、地球という巨大なシステムを見るためのレンズなのかもしれません。

赤ちゃん連れだったので、今回は見られなかった展示もたくさんあります。

映像展示などは途中で諦めましたし、一つひとつの展示を完全に理解できたわけでもありません。

でも、それでよかったと思っています。

科学館は、全部の展示を理解して帰る場所ではないのかもしれません。

一つの展示の前で立ち止まる。

「なんでだろう?」と思う。

今まで知っていたことと一つつながる。

そして、もう少し知りたくなって帰る。

それだけでも十分面白い。

今よりもう少し気象学の勉強が進んだ頃にもう一度来たら、同じ展示から、今度は何が見えるのでしょうか。

それも少し楽しみです。

それではまた!

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