こんにちは!Tomです。
今日は、松山で過ごした二日間の旅を振り返って書いてみたいと思います。
温泉に浸かり、文学の足跡をたどり、地元ならではの食を味わう。ありふれた観光プランのように見えて、その一つひとつが驚きや発見に満ちていて、気づけば「また来たい」と思わせる力を持っていました。
道後温泉の湯けむり、坊っちゃんからくり時計のからくり人形、宇和島と松山で異なる鯛めしの食べ比べ、そして城下町を見下ろす松山城や「坂の上の雲」の物語。どれも松山を語る上で欠かせない魅力です。
今回は、そんな松山の二日間を時系列に沿ってまとめながら、私が感じた文学的な空気や食の豊かさをお届けします。旅の候補地を探している方にも、松山の町を少し身近に感じてもらえる内容になれば嬉しいです。
一日目 道後温泉と鯛の夜
松山駅に降り立つ
お昼すぎ、松山駅に到着しました。改札を抜けると、伊予鉄道のオレンジ色の車両が夕陽を浴びて輝いています。その瞬間、文学の町に来たという実感が胸の奥から湧き上がってきました。ここは漱石『坊っちゃん』の舞台であり、正岡子規が生まれ育った町。どこを歩いても文学の影が差している気がします。
ホテルに荷物を置くと、路面電車に揺られて道後温泉駅へ。松山駅前から約20分ほどで到着します。ちなみに、路面電車の駅で「松山駅前」と「松山市駅」は違う駅なので要注意。ガタンゴトンと響く音に耳を澄ませながら、車窓から流れる街並みを眺めていると、もうそれだけで旅の気分が高まってきます。
道後公園と正岡子規記念博物館
道後温泉に着いて最初に訪れたのは道後公園です。小高い丘の上に広がる緑豊かな公園で、春は桜、秋は紅葉の名所。かつて湯築城が築かれていた場所でもあり、今も石垣や堀が残っていて歴史を感じます。夕暮れ時の散歩は格別で、木々の間から漏れる光が一日の疲れを優しく癒してくれるようでした。
隣接する正岡子規記念博物館にも立ち寄りました。俳句の革新者・子規は病に苦しみながらも生涯句を詠み続けました。自筆の原稿や日記を眺めていると、言葉に込められた執念のような情熱が伝わってきます。
「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
あまりに有名な一句ですが、病身の旅先で詠んだものと知ると、その響きがいっそう深く胸に沁みました。松山という町自体が、文学の温床であることを改めて実感します。
坊っちゃんからくり時計と商店街
公園を抜けると、坊っちゃんからくり時計が見えてきました。午前8時から午後10時までの間、1時間ごとに音楽とともに塔がせり上がり、小説『坊っちゃん』の登場人物たちが次々と動き出します。ちょうど私が通りかかったときも人々が集まり、歓声と笑い声が上がっていました。観光客も地元の人も一緒になって楽しむ光景に、文学が今も町の中で生きているのを感じます。
からくり時計を横目に商店街を歩くと、旅館やお土産物屋が軒を連ね、昔ながらの温泉街の雰囲気が広がっています。道後温泉本館へ向かう足取りも自然と軽くなりました。
道後温泉本館 ― 生活の中の湯
そしていよいよ道後温泉本館へ。三層木造の堂々たる建物は、明治27年に改築され、日本最古の温泉の象徴とされる重要文化財です。夜の帳が下りはじめる頃、灯りに照らされたその姿は幻想的で、思わず立ち止まって眺めてしまいました。
中に入ると意外なほど小さな銭湯。豪華なスパを期待していた人なら拍子抜けするかもしれません。けれど桶の音や地元の人々の会話、湯気の香りに包まれると、この場所が「町に根付いた温泉」であることを実感します。湯に浸かりながら「豪華さ」ではなく「生活の一部」としての温泉を味わうことができました。
湯上がりの心地よさを抱えながら外に出ると、夜風が肌を撫でて、旅の始まりにふさわしい幸福感に包まれました。
みかんジュースの蛇口体験
温泉街を歩きながら立ち寄った「愛媛の食卓1970」では、名物の“蛇口からみかんジュース”を体験。実際に蛇口をひねると黄金色のジュースが流れ出てきて、つい笑ってしまいます。
しかも種類ごとに味が違うのが面白いところ。甘味の強い温州みかん、酸味がきりっと立つ伊予柑、バランスの良い清見…飲み比べていると、同じ「みかん」でもこれほど表情があるのかと驚かされます。店内の壁に貼られた「みかんの家系図」も一見の価値あり。品種改良の歴史が一目で分かります。愛媛がみかん王国と呼ばれる理由がわかった気がします。
宇和島の鯛めし膳を味わう
夕食は地元宇和島の名店「かどや」へ。ここで注文したのは、宇和島産の伊達真鯛を使った豪華な鯛めし膳です。宇和島風鯛めしは、生の鯛を卵ダレに絡めてご飯にかける独特の食べ方で、松山風の炊き込みご飯とはまったく異なります。
食べ方は三段階で楽しむのがおすすめです。
- タレの中の生卵をときほぐす
まずは卵をしっかり混ぜ合わせて、まろやかなベースを作ります。 - お好みで薬味を加える
ネギや海苔、ゴマなどをタレに入れて、自分だけの風味を整えます。 - ご飯に具とタレをかける
お櫃からよそった熱々のご飯の上に鯛のお刺身をのせ、仕上げにタレをお好みの量かければ完成です。
同じ「鯛めし」でも宇和島と松山ではこうも違う。食文化の奥深さを感じました。合わせた地酒「野武士」は骨太で飲みごたえがあり、じゃこ天やしらすおろしとの相性も抜群でした。
郷土料理 五志喜で過ごす夜
お昼に移動をしてランチを抜いていたのでお腹が空いていたので、その後締めのもう一品を求めて「郷土料理 五志喜」に向かいました。江戸時代創業の老舗で、地元料理を落ち着いた雰囲気の中で楽しめる名店です。店内は木の温もりに包まれ、観光客だけでなく地元の常連さんの姿もありました。肩肘を張らずにゆったり過ごせる空間が心地よく、思わず長居したくなるほど。
ここでいただいたのは、みかんビールと、念願の「鯛そうめん」。
鯛そうめんは大皿に一匹の鯛を堂々と盛り、その周囲を白いそうめんが取り囲む豪華な料理。出汁を吸った麺は繊細な味わいで、ふっくらした鯛の身をほぐしながら一緒に口に運ぶと、海の香りがふわっと広がります。祝宴のような華やかさがありながら、どこか家庭的な優しさも感じられる一皿でした。
ビールの軽やかな苦味とみかんの爽やかさがその余韻をさらに引き立て、松山の夜は文学的な静けさと郷土料理の温かさに包まれて更けていきました。
おまけ:偶然見つけたKISUKE BOX
ホテルへ戻る途中で見つけた「KISUKE BOX」。地元の人たちでにぎわう複合施設で、温泉、ボウリング、食事、娯楽がそろった現代の娯楽箱のような場所でした。観光地というより生活に根ざした娯楽施設に触れられたことが嬉しく、また次に訪れる理由がひとつ増えた気がしました。
二日目 松山城と近代文学をめぐる
朝のリフトに揺られて
翌朝は松山城へ。現存12天守の一つで、1603年に加藤嘉明が築いた名城です。市街地の中心にありながら、山頂にそびえる姿は圧巻。アクセスはロープウェイとリフトの二択ですが、この日は快晴。迷わずリフトに乗りました。
足をぶらぶらさせながら登っていくと、眼下に赤瓦の町並みが広がり、その向こうに瀬戸内海がきらめいています。頬を撫でる風が心地よく、わずかな乗車時間ながら心が解き放たれるひとときでした。
石垣と天守の美学
山頂に着くと、まず目に入るのは壮大な石垣。松山城は「扇の勾配」と呼ばれる石垣の曲線が有名で、下は緩やか、上に行くほど急角度になっています。見た目の美しさと実用性を兼ね備えた構造は、まさに先人の知恵の結晶。
城内に足を踏み入れると、広い庭が残っており、見渡す限り石垣と木々の緑が調和しています。現存する天守内は木造の階段を上下しながら進む造りで、登ったり降りたりしながら進むたびに新しい景色が現れるのが面白いところ。展示資料も豊富で、当時の武具や道具に触れることができます。現存天守ならではの見どころが随所にあり、城好きでなくとも十分に楽しめました。
天守に上ると、松山の町並みと瀬戸内海が一望できました。澄み渡る青空の下、殿様も同じ風景を眺めていたのだろうかと想像すると、時間を超えてつながるような感覚に包まれました。
松山鯛めし ― 三度楽しむ物語
お城を後にして向かったのは「秋嘉」。オープンの30分前に到着しましたが、すでに行列ができていました。観光客もいましたが、地元の人の姿も多くて「これは本当に美味しいに違いない」と確信します。
幸い一巡目で店に入ることができ、念願の「松山鯛めし」を注文しました。宇和島風の“生の鯛を卵やタレで食べるスタイル”とは違い、松山風は“鯛を炊き込んだご飯”。同じ「鯛めし」でも地域によってこんなに違うのが面白いです。
食べ方もやはり三段階で楽しめます。
- そのまま
鯛の旨味がご飯全体に染みわたり、一口ごとに海の香りが広がります。 - 薬味を添えて
ネギや海苔をのせると香りが立ち、味がきゅっと引き締まります。 - 出汁を注いで茶漬け風に
さらさらと流し込むように食べれば、最後まで飽きずに完結する。
宇和島の鯛めしが「生の鯛の瑞々しさ」を楽しむ料理なら、松山の鯛めしは「炊き込むことで生まれる奥行き」を味わう料理。同じ鯛を使いながら、二つの町が異なる表現を持っていることに感心しました。
坂の上の雲ミュージアム
午後は「坂の上の雲ミュージアム」へ。司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をテーマにした施設で、松山出身の秋山好古・真之兄弟、そして正岡子規の足跡をたどることができます。
建物は世界的建築家・安藤忠雄の設計。打ちっぱなしのコンクリートと自然光が織りなす空間は、静かでありながら力強さを秘めていました。展示を進むごとに、明治という時代の息吹が伝わってきます。
特に印象に残ったのは、病に倒れながらも筆を取り続けた子規の展示でした。「病牀六尺」に込められた彼の言葉を読むと、文学とは「生きることそのもの」なのだと胸を打たれます。歴史を知るだけでなく、自分自身の生き方を省みるきっかけになる場所でした。
萬翠荘 ― 大正浪漫の残り香
次に訪れたのは萬翠荘。大正時代に旧陸軍の司令官・久松定謨伯爵が別邸として建てたフランス風洋館で、今は国の重要文化財に指定されています。
外観はまるでヨーロッパの館のよう。松山の街並みの中に突如現れる異国情緒は圧巻で、目の前に立つだけで時代を越えた感覚を覚えます。
館内に入ると、ステンドグラスから差し込む光が床に模様を描き、壁や天井の装飾が大正浪漫を語りかけてきます。館内では絵画展が開催されていて、歴史的建築と現代アートが一つの空間に溶け合っていました。「文化は過去のものではなく、今もここで息づいている」と実感しました。
松山空港から帰路へ
夕刻、松山空港へ。地方空港らしい落ち着いた雰囲気の中でじゃこ天を頬張りながら、二日間の旅を振り返りました。
道後温泉の湯気、からくり時計の人形たち、宇和島と松山で異なる鯛めし、五志喜での鯛そうめん、松山城の石垣と天守、坂の上の雲、そして萬翠荘の異国情緒――。どれも独立した体験なのに、すべてが「文学と食に彩られた松山の旅」という一本の糸でつながっていました。
まとめ
温泉で汗を流したことも、鯛めしを夢中でかき込んだことも、からくり時計の前で人々と一緒に笑ったことも、全部ひっくるめて「来てよかった」と素直に思えます。
文学の町という肩書きはただの看板じゃなくて、街のあちこちで子規や漱石の影を感じられます。だからこそ、この町で過ごした二日間は旅というより「自分の心を見つめ直す時間」に近かったのかもしれません。
帰ってきた今、なぜか無性に漱石の『坊ちゃん』を読み直したくなりました。松山で感じた空気を思い出しながら読めば、あの作品も少し違って見える気がします。
それではまた!
